PR

自分軸で生きるとは何か|東日本大震災を経験した母が、発達障がいのある子に伝えたい人生観

発達障がい育児

「自分軸で生きる」
そう聞くと、強い人やブレない人の話のように感じるかもしれません。

ですが__私が自分軸で生きるようになった
理由は、とてもシンプルです。

2011年3月11日14時46分__東日本大震災発生。
被災者となりたくさんのものを失いました。

毎日、当たり前に過ごしている日常は、
“奇跡”の連続で偶然に成り立っている。
あの日我々は思い知らされることとなります。

この記事は、
前向きになるための話ではありません。
発達障がい育児中の母として、
限りある人生の中で、
何を大切にして
生きていくのかを綴っています。

重いテーマかもしれません。
それでも、もし今
「このままでいいのか」と
思い悩んでいるのなら、
最後まで読んでもらえたら嬉しいです。

発達障がい育児を通して、
私が何度も迷いながら
「悩むな!動け」にたどり着いたお話です。

「明日が来るとは限らない」と知った日

2011年3月11日東日本大震災で、
私は被災者になりました。

あの日から、今日までずっと。

「明日も今日と同じように生きられる」
という前提が、私たちの中から消え去りました。

生きていることは当たり前じゃない。
明日がある保証なんて、どこにもない。

それを、頭ではなく身体で知ってしまったのです。

それ以来ずっと私は、
「今日が人生最後の日かもしれない」
という前提で毎日生きています。

今日が「最後の日」なら、1秒さえも悩んでいる暇はない

今日が人生最後の日だとしたら。

・どう思われているか
・嫌われないように振る舞えているか
・我慢すべきかどうか

そんなことを考えている時間は、
1秒たりともありません。

今日を、最大限に楽しみたい。
今日を、大切な人と過ごしたい。
今日を、自分らしく終わらせたい。

後悔など1ミリも残したくありません。

だから私は
自分をすり減らす人間関係を、
切り続けてきました。

_私を嫌う人
_私を軽んじる人
_私や家族を否定する人

その代わりに残ったのは、

・私を大切にしてくれる人
・私が心から大好きだと思える人
・安心して笑い合える人たち

数は多くありません。
でも、十分すぎるほど私は豊かです。

そしてこれが、
私にとっての「自分軸で生きる」という選択でした。

この人生観を、子どもにも伝えたいと思った理由

あの日、あまりにも多くの方々が
二度と帰らぬ人となりました。

あれからずっと考えています。
わたしもあの日、「人生最期の日」と紙一重でした。

同じ状況でありながら
二度と帰らぬ多くの人たちがいて、
生存を選択されたわたし達。

「生かされている」のだと受け止めています。

なぜ?
なんのために?
どうしたらいい?

時が過ぎたどり着いた答えは、
「紡ぐ」
__命を紡ぐ。


そして時が経ち、発達障がい特性のある子を育てる親になりました。

あまり好きな言葉ではありませんが、
「定型っ子」ではない事実。

これこそが、あの日…。
私が生かされた、”意義”なのかもしれません。


残念ながらこの子の人生は、
「ハードモード」と諦めてはいませんが、

「イージーモード」ではないことでしょう。

誤解されることもある。
敬遠されることもある。
理不尽な差別に晒されることもある。

それは、きれいごとでは済まない現実です。

だからこそ私は、
この子に「自分軸で生きる」という
人生観を、手渡したい
そぅ思うようになりました。

軸があれば、人生はブレにくくなる

発達障がい有無に関わらず、
人生は選択の連続です。

でも、軸がないと——

・周りの声に振り回され
・「普通」に合わせようとして壊れ
・誰の人生を生きているのか分からなくなる

軸があれば__

・合わない人から、距離を取れる
・大切な人を、大切にできる
・「自分はこれでいい」と立ち戻れる

“自分軸”のあるお友達関係

小学校特別支援級に在籍してはや数年。
成長と共に、凹凸具合も顕著です。

幼い頃は_周囲の大人たちの機転に救われ、
優しさに守られ。
癇癪さえも”かわいい”で認められてきた部分が大きいと思います。

小学生になり、大人の支援や配慮がある部分では
うまくいっている様に見える小学校生活ですが、
「お友達」「同級生」「女子」の間に
“特性”や甘えは通用しません。

孤立。
交流先教室への行き渋り。
女子グループからの排除。

年齢相応にモマレています。

泣きながら帰宅する子どもを迎えるのは、
こちらも胸が潰れそうに痛みます。



ちなみに最近、お友達との揉め事大半は…。

こちらの思い通りに事が進まなかった。
こちらの想い通りの反応が、相手から返ってこなかった。
大好きなお友達が
他のお友達と仲良くしていて、ヤキモチ。
お友達から悪口を言われた。

ここで私はいつも、何回も。
同じ話を子どもにします。

_相手に何も求めてはいけない。

この言葉は、冷たい意味ではありません。
我慢しなさい、諦めなさい、という話でもありません。

相手に何かを求めた瞬間、
人間関係はとても不安定になります。

・同じ気持ちでいてほしい
・同じ反応を返してほしい
・自分を一番に選んでほしい

それが叶わなかったとき、
悲しさや怒り、悔しさに変わってしまうからです。

特に小学校という世界では、
「仲良し」「女子グループ」「空気を読む力」が
一気に色濃くなっていきます。

発達障がいのある子にとって、
この世界はとてもシビアです。

優しさだけでは守られず、
特性も理由として受け入れられない
場面が増えていきます。

だから私は、子どもにこう伝えています。

「お友達は、
あなたの気持ちを満たすために存在しているわけじゃない」
「でも、あなたが誰かを大切に思う気持ちは、
とてもいいことだよ」

相手に期待しすぎないことは、
自分の心を守ることでもあります。

誰かの反応や態度で、
自分の価値が決まるわけではない。

一緒にいられて楽しいなら、それでいい。
苦しくなるなら、少し距離をとってもいい。

自分の気持ちを犠牲にしてまで、
誰かにしがみつかなくていい。

自分軸のあるお友達関係は、
「好かれるかどうか」よりも
「自分が壊れないかどうか」の
大切さに気付ける様になります。

それは、孤立を選ぶことではありません。
自分をすり減らさない人間関係を選ぶ力です。

この力があれば、
人間関係が変わっても、環境が変わっても、
人生は大きくブレません。

良好な人間関係は、
性格ではなく“軸”がつくります。

情報過多の時代だからこそ、親が考えるべきこと

発達障がい育児には、情報があふれています。

医療。
療育。
専門家。
先輩保護者の体験談。
WebやSNSの声。

どれも、間違ってはいません。
でも、全部を正解にしようとすると…。
必ず苦しくなる。

大切なのは、
「何が正しいか」ではなく
「何がこの子の人生にとって最優先すべきか」

・この選択は、将来につながるか
・親がいなくなったあとも、通用するか
・この子が“自分で自分を守れる力”になるか

そこを基準に、取捨選択していくこと。

これこそが、
発達障がい育児における「自分軸」になるのだと思います。

親亡き後も、生きていける力を残したい

私たちは、永遠には一緒にいられません。

だから私は、
「守る」だけの育児をしたいとは思っていません。

・自分の気持ちを大切にすること
・合わない場所から離れる勇気
・好きな人とだけ関係を築く選択

それを、人生観として伝えたい。

発達障がいがあっても、
軸があれば、人生はちゃんと選べる。

そして___より豊かになる。

おわりに|自分軸で生きるとは、人生を諦めないこと

自分軸で生きるとは、
わがままになることではありません。

自分軸で生きるとは、
限りある人生を、

ちゃんと自分のものとして生きること

今日が最後の日かもしれないからこそ、
誰と、何を、どう生きるかを選ぶ。

親としてその姿を日々見せていくことが、
子どもへの何よりの教育になる。
そう私は願っています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました