
この記事に綴る考え方は、
発達凸凹のある子を育てる保護者の中でも、
きっと少数派だと思います。
受けている支援の量。
家庭の状況。
子どもの特性や医療的ケアの必要度。
本当に一人ひとり違います。
毎日を生き抜くことが精一杯で、
身支度や外見にまで
心を向ける余裕がない環境もある。
その現実を、私は決して軽く考えていません。
もし…。
ここに書く私の価値観が、
誰かの努力や現実を否定するように感じられたら__。
そのことを先にお詫びさせてください。
優劣をつけたいわけでも、
「こうあるべき」と示したいわけでもありません。
ただ、
同じ「発達凸凹っ子の母」という立場の中で、
私はこう在りたい。
こう生きたい。
と選択してきた、
ひとつの生き方として…。
正直に書いています。
環境が違えば、選択する形も違う。
価値観が違えば、守り方も違う。
その前提のうえで、
私自身の「尊厳を守る選択」を綴った記録です。
授業参観の日、私が少しだけ丁寧に身支度をする理由

授業参観の日。
私はいつも、ほんの少しだけ時間をかけて身支度をします。
服を選び、髪を整え、
爪の先まで目を向ける。
それは「よく見られたい」からでも、
「おしゃれなママだと思われたい」からでもありません。
私が見ているのは__。
今日の教室の中ではなく、
もっと先、ずっと先の未来です。
診断を受けた日に浮かんだ、ある光景
障がいがある子どもが大人になり、
福祉施設へ通うためにバスに乗り込む姿。
____その隣で、毎日送迎を続けるお母さんたち。
長い年月、気の抜けない介助と心配の中で
走り続けてきた人の表情。
疲労がにじむ肩のラインや、
少し前かがみになった背中。
そこにあったのは…。
決して怠慢でも無関心でもなく、
ただ「過酷な現実を必死で生き抜いてきた証」でした。
支援の少なさ、終わりの見えないケア、
24時間休まらない緊張。
その重さが、静かに体に刻まれていただけ。
誰かが悪いわけでも、
間違っているわけでもありません。
置かれた環境があまりにも厳しかっただけなのだと思います。
子どもが診断を受けたとき、
私の脳裏に浮かんだのは、あの光景でした。
「違う生き方を選びたい」と思った瞬間
あのとき、私の中に生まれたのは
誰かを否定する気持ちではありません。
ただ__。
「できる限り自分をすり減らさずに生きたい」
「子どもを理由に…。
自分の人生が削られ尽くしたままで、終わらせてはいけない」
それは、優劣ではなく。
生き方の選択の違いとして思います。
「私は、彼女たちとは別の在り方で人生を歩みたい」
そう心に決めただけ___。
だったのだと思います。
子どもの人生を「疲弊の物語」にしないために

もし私が、明らかに疲れきった姿になったら。
身なりに構う余裕もなく、
「大変そうなお母さん」
という印象だけが残るようになったら。
それは同時に__。
「この子を育てる人生が、母をここまで消耗させた」
という物語を、
無意識のうちに周囲に伝えることになる気がしました。
それは、
子どもの存在そのものが
「誰かの人生を削った理由」に見えてしまうことでもある。
それだけは、どうしても避けたかったのです。
私はあなたのママで幸せです。
生まれてきてくれたことに、心から感謝しています。
この人生を一緒に歩んでいることを、誇りに思っています。
だからこそ、
「あなたを育てる人生が、私を壊したわけじゃない」
そう、姿(カタチ)で伝え続けたかったのです。
身なりは、尊厳と未来への投資
私にとって装いとは、
見栄でも、虚勢でもありません。
それは、
母である前にひとりの人間としての
尊厳を守る行為であり、
そして何よりも__。
子どもとの人生物語を
「大変だった」
「つらかった」
だけで終わらせないための選択です。
髪を整えること。
服を選ぶこと。
爪の先まで気を配ること。
それは
「私は”わたし”として生きている」
「私はこの人生を、誇りに思っている」
静かな意思表示なのだと思っています。
未来のわが子に手渡したい景色

子どもが大人になり、
いつか私の隣に立ったとき。
「ママはいつも疲れていた」ではなく、
「ママは大変な中でも、自分の人生を大切にしていた」
そう思ってもらえるように。
「あなたと歩んだ人生は、
私にとって誇れる人生だった」
そう胸を張って言える自分でいるために、
今日も私は、少しだけ丁寧に身支度をします。
それは__。
おしゃれというよりも、
未来への投資であり、
この人生を尊厳ある物語として
そっと手渡すための…。
私なりの準備です。


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